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<意味のある偶然の一致>の現象学−ユング理論の再検討を中心に



著者:田中彰吾

価格(税込)¥4,860
サイズA4
ページ数186 ページ
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商品の説明

本論文は、「<意味のある偶然の一致>の現象学−ユング理論の再検討を中心に−」と題し、序章と終章を含め全6章から成る。「意味のある偶然の一致」とは、心理学者C・G・ユングの提起した「共時性(シンクロニシティ)」を受けたものである。本論文は共時性の諸体験を現象学的に考察するとともに、その成果をもとにユング理論を再検討することを目指したものである。

 序章では、共時性体験を定義し、論文全体の方向性を提示している。共時性体験とは、「心的な表象と物理的な事象とが、偶然でありながらも意味深い対応関係をもって生じてくる体験」のことであり、正夢や虫の知らせと呼ばれる体験はその一例である。これらは一方で、常識的な物心二元論の世界観において適切に位置づけることができないものであり、また他方で、体験者のその後の人生の軌跡を変えるような、運命にかかわる重大な意味を持つ場合があるものである。そこで本論文は、こうした体験を適切に位置づけられる世界観はどういったものか、また、共時性体験をもとにして見えてくる偶然性と運命の関係はいかなるものか、以上二点を全体の問題意識として掲げる。

 これら二つの問いに答えるべく、以下のような順序で全体の議論は構成されている。

 第1章では、過去に報告されている種々の事例を検討しながら、共時性体験の起こりうる範囲を問題とした。細部において多様に見える共時性体験も、「意味のある」という側面と「偶然の一致」という側面、二つの側面を本質としている。前者においては、心的な表象と外界に起こる事象との対応関係が字義通りか否かという「意味の字義性」が問題になっており、後者では、心的な表象と外界の事象との時間的・空間的なへだたりが大きいか小さいかという「時空の相対性」が問題となっている。共時性体験の範囲は、この両者を軸とする平面上に広がる楕円形として表されることが明らかとなった。

 第2章では、ユングの共時性理論が現実の共時性体験をどう説明しているのかを問題とした。ユングの理論は、(1)共時性体験における心的表象と物理的事象の関係を布置という観点からとらえること、(2)予知や遠隔視など時間と空間が相対化される現象を、集合的無意識の発露としてとらえていること、(3)集合的無意識において精神と物質は一元的に統合されており、こうした深層の一元性が現象界に発露する要因として元型を見出せること、以上の三点を中核として構成されている。第1章での議論を踏まえると、布置という観点を提示したことはユングの最大の貢献であると評価できる。しかし布置の核心にある意味がいかなるものか、ユングは主題化して論じておらず、この点を補う必要がある。

 第3章では、インタヴュー調査の結果を報告するとともに、ユングの提示した諸事例との対比からこれらを整理した。第2章で明らかとなったユングの理論的不備を、それが網羅している諸体験との関係から明らかにするためである。本論文では理論的考察の準備作業も兼ねて偶発的な共時性体験についての調査を実施し、12名から合計17件の報告を受けた。これらは類似型と近接型という二つの類型に区別することができるが、この観点からすると、ユングが共時性理論を展開するうえで依拠している諸事例は、類似型に偏っていることが明らかとなった。ユングは共時性体験の持つ意味の問題を主題として論じなかったが、その一因はここに見出すことができる。

 第4章では、ユングが考え残した共時性体験の持つ意味についての理論化を試みている。共時性体験にはいかなる意味があるのか、というのがここでの問いである。本章では、個別の体験から意味が発生してくるさいの認識の構造に着目して考察を進めてある。共時性体験の持つ意味は、概ね以下の三つの層に大別することができる。@対応的意味(心的表象と外界に起こる出来事とが対応することから生じる意味深さ)、A超越的意味(出来事の推移の背後に何者かの意図が感じられるような意味深さ)、B運命的意味(体験者自身の生の現在について何らかの示唆が与えられる意味深さ)、である。レトリックの観点から言うと、これら三つは、隠喩・提喩・換喩にそれぞれ対応している。

 終章では、全体の議論を受けて、改めて序論で設定した問題に答えることを試みた。第一に、共時性体験を適切に位置づけられる世界観とは、ユングの構想した物心一元論ではなく、精神と物質のあいだに生命圏を設定する三元論である。間身体的に広がる非局所的な生命の場は、一方で精神圏と、他方で物質圏と重なっている。共時性体験は、そうした「生命の場」の現われとして把握できるものである。第二に、われわれが人生の分岐点で経験する偶然の出来事は、因果的必然と確率的偶然のはざまで起こってくる「意味のある偶然」である。この点を踏まえ、本論文では単純な自由意志も単純な宿命もしりぞけ、「開かれた決定論」と呼ぶべき運命観を提示した。これはユングが明示的に論じなかった問題である。

 このように、本論文は、ユングの共時性概念を手がかりとして世界観および人間の運命の問題に連なる議論を整理するとともに、現象学的な観点からユング研究における新たな理論的見解をもたらしたものである。


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