ケースメソッド授業では、実際の出来事が書かれた教材「ケース」を討議する形式で授業が進められていく。ここでは、直面する経営問題に対し自分がその当事者であったとすればどのような意思決定を下すのか、その思考過程を繰り返し訓練することが目的となる。
 ところで実践の場に目をうつしてみると、経営に従事する人々には経営上の課題を明らかにすること、その問題に対して適切に判断し実行していくことが求められ、そこには高い経営能力が必要とされている。ここでいうところの経営能力とは、これまでの経営上の問題解決方法に関する知識や経営活動に必要な専門知識に加え、経営問題への意思決定力や実行力といった力が中核をなしている。
 これから解説していくケースメソッドとは、この経営能力のうち意思決定力や実行力といった力を訓練するために有効な教育方法の一つなのである。
 2−1.ケースとは何か

 ケースとは実際の出来事が記述されている資料を指す。ケースは教科書ではないので知識を獲得するための理論は書かれてはいないし、あらかじめ決められた一つの答えを導き出すように作られている教材でもない。
 ここでケースメソッドの起源について振り返ってみると、その起源はハーバード大学のロースクールで行われていた判例を用いる模擬裁判などの討議形式の授業にある。ここで扱うケースは判例であるので、その法律がどのように解釈され適用されたかが討議課題となる。一方、ビジネススクールで用いられるケースメソッドは、1930年代にハーバード大学ビジネススクールで開発されたものであり、これはロースクールで行われていた討議形式の授業を実際に起きた経営の出来事が書かれた教材を討議する形式の授業へと発展させたものであった。ここで扱うケースは未解決の経営問題への対処方法を扱う。直面する問題に対して自分であればどのような意思決定を下すか、その思考過程が重要となる。よってビジネススクールで扱うケースには以下の点が含まれていることが必要とされる。第1に実際の企業の出来事がありのままに記されていることが必要であること、第2にそのケースを用いることの訓練主題が含まれていること、第3に訓練に必要な情報がケースに盛り込まれていること、第4に読み手が登場人物の立場に立って考えられるように書かれていること、である。

 2−2.ケースメソッド授業が参加者にもたらす効果

 ケースメソッドはケースを用いて討議形式で授業を進めていく教育方法である。この授業では講師がディスカッションリーダーとなり、講師の旗振りのもとで教室にいる参加者は意見を述べあい授業が進められていく。参加者は教室で自分の意見を述べることが要求されると同時に、その考えをさらに充実したものとするように、他者の意見に耳を傾けることが必要となる。そこでは他者の意見を聞くことで自分の思考プロセスに不足している部分に気がついたり、新たな視点を発見したりすることになる。他者の発言を受け、自分の意見がより明確になったり、思考の組み立て方が変わったり、新たな情報を構築したりすることが可能となる。新たに構築された考えを教室で発言することで、新たな他の参加者の意見が教室で発言されていくことになる。
 このようなケースメソッド授業での討議という状態はお互いの思考プロセスを観察学習している状態として説明することができる。自分の意見を発言するということは自分の思考プロセスを他の参加者に言語で表現することである。このためお互いの思考プロセスを討議を通じて学習しあうことが可能となると考えられる。
このようにケースメソッド授業では、参加者は討議することで情報の組み立て方のまずさに気づくことができる。また自分以外の参加者が持つ様々な情報の組み立て方に触れることで、自分自身の情報の組み立て方を再構築することができる。
次に、ケースメソッドの授業方法について取り上げていく前に、最初に触れた経営能力について詳しくみていくこととしよう。
 3−1.経営能力に求められる「知識」と「力」

 経営能力の重要な軸の一つとして「専門知識」があげられる。ここでいう専門知識とは、特定の職能領域において必要とされる知識を指す。もう一方の軸として「意思決定力」があげられる。この力は直面する経営問題に対して責任者として判断を行う力や実行する力を指す。この力はすでに自分の頭の中にある情報やこれから入ってくる情報を様々に組み合わせ、そこから新しい情報を構築していくことが要求されるときに必要となる。「統合力」「洞察力」「戦略力」といったいくつかの言葉で表したほうがこの力が働いている状態を理解しやすいかもしれない。この力は「専門知識」のように特定の職能領域に限定されるものではなく、会社のトップや部門を率いていく部門の長といった「リーダー」に求められる力であり、横断的な思考力が必要とされる。

 3−2.専門知識の獲得

専門知識に求められるのは、整理され記述された正しい知識を早く身に付けること、そして必要なときにその情報を記憶から引き出せる状態にしておくことである。
この獲得を経済的な形で可能にする教育方法として挙げられるのが講義形式の授業である。講義形式の授業では専門知識をもっている人から持っていない人へわかりやすく整理された形で情報を伝達し注入するという一方通行の形をとる。そのためこの講義形式では知識を早く獲得することが可能となる。

 3―3.意思決定力の育成

 意思決定力という力は、力についての知識を獲得したとしても、その力そのものを有効に使うことはできない。この力を身につけるために我々が経営現場から経験的に知り得ている事実の一つとして「修羅場」を数多く踏むことが有効である点が挙げられる。ここでいう修羅場とは自分の将来に大きく関わり、かつ困難な仕事を経験することであり、成功した時には自分が大きく成長できる種類の仕事経験のことを指している。
 そこでは我々は以下の事柄を経験する。一つは自分ではこれまで見えていなかった仕事のやり方の不備を知ることになるという点、もう一つは他者が持っている情報の組み合わせ方や新しい情報を構築していく力に直接触れるという点である。これは意思決定力に要求されているものであり、修羅場を経験することによって、意思決定力を高める効果が期待される。
この効果を教室の中でも有効とする教育方法として挙げられるのがケースメソッド授業である。そこでは自分の構築した考えと他者の持っている情報を作り出す力に触れながら情報を対比し、新たに情報を組み立てる力を学習することが可能となる。当然であるが、ケースメソッド授業では実際の修羅場が生じるわけではない。修羅場経験での思考プロセスを言語を通じて浮き彫りにし学習の促進をめざそうとするものである。
 それでは次にこの意思決定力の育成に有効な教育方法であるケースメソッド授業方法について取り上げていくこととしよう。

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