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慢性疾患をもつ人の疾患の認知と健康への取り組みのエスノグラフィー
 ―軽症・中等症 慢性閉塞性肺疾患患者はどのように健康へと向かうのか―



著者:田中 孝美

価格(税込)¥4,950
サイズA5
ページ数121 ページ
発行年月2018年 1月
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商品の説明

日本における慢性閉塞性肺疾患(以下COPD)の潜在患者は530万人と推計され社会的に大きな影響を及ぼす健康問題である。近年、予防と治療が可能な疾患であることが強調され、COPD患者に対する医療は大きな転換点を迎えようとしている。しかしながら、先行研究はほとんどが在宅酸素療法導入という局面から取り組まれており、軽症・中等症COPDという早期の段階は、いわば研究における「空白の期間」であると捉えられた。そこで本研究では、より早期の段階におけるCOPD患者の健康増進に着眼し、軽症・中等症COPD患者の健康への取り組みをマイクロ・エスノグラフィーの手法を用いて探求することを試みた。
COPDの早期診断を困難にする理由:多くの参加者達は、息切れを老いや運動不足によるものと解釈していた。この解釈の特徴は、自分の体調の変化をその時点で最も違和感なく受け入れられる説明であり、病気の徴候とは結び付けない回避的な認知にある。また、息切れの増強に異変を感じた参加者の多くはかかりつけ医に相談していたが、呼吸器専門医につながらなければCOPDと診断されることはなかった。このように、患者の回避的な認知の上に、医療者の対応が重なって、問題の発見が遅れている現実が明らかになった。
診断がつくことで経験するさまざまな不協和:COPDの診断がつくことは、自分の息切れに医学的見解が初めて与えられることを意味していた。病気の説明を受けることで「壊れた肺は治らない」「こうなったのも自業自得」と断定的な表現で語るようになっていた。このような病気の理解は、自己否定につながるものであった。患者は、診断がつき病気の説明を受けることで、大きな認知的不協和を経験していたのである。また、参加者は提示された情報に対して受動的で他者に援助を求めようとはしなかった。病気の悪化を連想させる情報を避け、「自業自得」で患った病気の援助を他者が快く受け入れはしまいという先取りによって、認知的不協和の増大を回避し、自己の心理的安定を図っていたのである。
診断を受けて間もない軽症・中等症COPD患者が自ら求めた「健康」:診断がついて3年未満の研究参加者たちは、回避的な対応をとりつつも、それと同時にもう一方で、自分にとって前向きなことなら取り組みたいという思いを抱いていた。不協和を増大させる情報に接触するのは避けたいが、COPDに伴う脅威を低減する可能性のある情報は積極的に受け入れたいという、選択的回避によって前向きな姿勢を求めていたのである。参加者の健康への取り組みは、極めて独自的で多様なものであったが、認知という観点から改めてそのプロセスを捉えると、それぞれの取り組みの鍵となっていたのは、独自の協和的な認知の生成という共通点があった。参加者はそれぞれにとって非常に重要で見過ごせない認知的不協和に対して、協和につながる新たな認知要素を取り込むことによって、不協和を低減し、協和的に健康へと向かおうとしていたのである。参加者の健康への取り組みは、悪化を前提とした予防という考え方を回避し抵抗する傾向があった。彼らが求めたのは、むしろより健康な生き方であり、自分にとってのよい状態、つまりwell-beingへと向かっていたのである。診断を受けて間もない参加者たちは、行動や考え方をさまざまに変え、健康状態の回復という成果を得ていた。にも関わらず、彼らはそのことを変化と捉えない特徴が認められた。参加者たちを健康への取り組みへと方向付けていたのは、診断に伴う認知的不協和であった。特に「自業自得」という受け止めは、参加者の自尊感情を傷つける自己否定的な認知だった。そのために彼らは自分なりの理解を編み出し、過去の行動を修正していた。しかし、それらを「変化」と認めることは、過去の過ちを認めることになる。だからこそ自己否定を否定し、変化を「変化」と認めないことで、あくまでも自己を肯定しようとしていたのである。ここでも、高度に選択的な回避によって、彼らの認知は自己を不協和から守っていたのだ。その結果、彼らの不協和から協和への移行のプロセスは、自己との連続性と一貫性を保った調和的な変容となっていたのである。
軽症・中等症COPD患者は、回復困難な病気と知りながらも、自分なりのwell-beingを志向し、協和的な認知を生み出しながら、健康に向かおうとしていることが明らかになった。自分なりの健康に向かって協和的な認知を生み出すことによって、自己と調和したwell-beingが作り出され、身体的な健康状態をも改善していくことができるという事実が明らかになった。今回の研究参加者にとって、健康は自己との調和の上に成り立ってこそ意味があったのである。


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